前回も言いましたが、今回の東日本大震災では、地震と津波の恐ろしさを、改めて思い知りました。高さ15mを超える事態に私たちは、我が目を疑い、そして言葉を失い、想像を超える惨事となりました。被災された方々には、心からお見舞い申し上げます。

 原子炉爆発という原子力発電の歴史で最悪の旧ソ連チェルノブイリ原発事故から25年。福島第1原発事故の深刻度が国際評価尺度で同等の「レベル7」とされることも加わり、再び世界の注目が集まる中、今後の原子力発電のあり方に根本的な変更が必要であると言われています。原発に頼らないエネルギー供給体制をどのように確立するのか、国民が真剣に考えねばならないのではないのでしょうか。

 

 最近の新聞記事に、チェルノブイリ原発事故で当時まき散らされた高濃度の放射性物質による健康被害が依然として続き、原発解体にはさらに100年以上の長い年月が必要という記事が出ていました。少し紹介したいと思います。

 『チェルノブイリでは、原発の保守点検やコンクリート工場、放射線除去会社などが点在し、工事作業員を含めると電力を生まない閉鎖された原発を支えている人が計7,000人以上いるという。20世紀末に廃物となったチェルノブイリ原発! 事故での放射性物質の汚染がひどいため、1~3号機の解体には100年必要。事故後急造した石棺は老朽化して「今や放射性物質が漏れていないとは言えない」と言われている。寿命は後15年とされている。ここでは毎日、数人の甲状腺ガンを手術する。今でも「心臓が痛み、呼吸が苦しくなる」という人が後を立たない。飛散した放射性物質は半減期が約30年と長く、今も影響が懸念されている。放射性ヨウ素も拡散し、子供を中心に甲状腺ガンが多発した。86年の事故当時は年間19人だったが、2009年には592人。事故後生まれた子供を含めて発症者は20年以上増え続けている。同研究所で手術したのは約7,000人。事故後の甲状腺ガンは、多くの場合はヨウ素剤の服用で効果的に防ぐことができたとされる。しかしソ連政府は数日間、事故を隠したため、子供たちにヨウ素剤を飲ませることが出来ず、被害が拡大した。ガンによる死者は、旧ソ連の現場周辺国と欧州の計40カ国で、事故から2,065年までに約1万6千人に達する恐れがあるとしている。
 「私たちは事故対応を誤った。だから福島第1原発の事故が気になる。日本ではすぐにヨウ素剤は飲ませたのか?」長崎大学などから被ばく医療を学びながら患者と向き合ってきた所長は、何度も記者に質問した。
 このように福島第1原発事故で、世界は新たな原発不安に覆われた。「フクシマ」の今後はどうなるのか? 25年たった今も「安心」から程遠いチェルノブイリが警笛を鳴らし続けている。』

  東京電力福島第1原発の事故は、わが国の未来に重大な影響を与えています。原子力エネルギーは私たちに明るい未来を与えてくれるものではなく、一歩間違えば取り返しのつかない危険性を持っていること、さらにそれを管理する国も企業も万全の体制をとっていなかったことが明確になりつつあるのでは‥‥。